紹介

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便利な交通と快適な環境が調和する、河南(ハナム)

21世紀の首都圏の副都心として成長している河南市は、ソウルの東に隣接しており、京畿道の中心部に位置しています。東に広州市南終面と南楊州市鳥安面、西にソウル市江東区と松坡区、南に広州市中部面と城南市、北には漢江を境に南楊州市と隣接しています。また、南漢江と北漢江が両水里で交わる漢江が河南市の東から西に流れ、南には南漢山城がある快適な自然環境が調和した住みよい都市です。

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市民中心のウェルビーイング都市、清浄河南

希望に満ちた未来へと向かう清浄河南が、再び市民の皆様のために変化します。環境にやさしい都市、市民が中心となる都市、ウェルビーイング都市、自給自足の都市としての変化は、将来清浄河南で暮らす子供たちのための最高の贈り物です。河南はソウルと隣接しており、快適な自然環境と四方に広がる交通の要衝地として、その価値はさらに上がっています。このような価値を生かすために、清浄河南は新しい未来を作っていきます。

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健康で活気に満ちた未来都市、健康あふれるウェルビーイング都市、河南

河南は、三国時代百済の始祖である温祚王13年に現在の河南市春宮洞一帯を都と定め「河南慰礼城」と呼んで以来、百済近肖古王25年まで百済の都でした。高麗太祖23年に漢州を広州と改め、この時から広州という名前がつきました。宣祖10年に広州郡東部面になり、1980年12月1日には東部邑に昇格、そして1989年1月1日広州郡東部邑・西部面と中部面の一部が合併して河南市に昇格し、今日の河南市として発展しました。

また、河南は1987年に中部高速道路とソウル外郭循環高速道路が開通し、1991年新長洞と倉隅洞一帯の宅地開発を着手して1994年12月にマンション団地に初めて入居を開始しました。続いて新長洞2地区の開発事業が2002年11月に完了し、水と音楽が流れる都市というコンセプトで、5,768世帯のプンサン宅地開発地区が2008年に完成しました。今後、慰礼新都市が超高層住商複合団地、高級住宅などの圧縮都市(Compact City)として造成される予定です。

さらに、5万世帯が入る憩いの住宅地として渼沙・甘一地区が指定され、国際観光、行楽、レジャー、ホテルなど、ビジネス環境が造成される予定で、これらをすべてが備えるようになると、多数の人口流入により36万自足都市機能を持つ複合都市としての新たな容貌になる見込みです。